「うちの就業規則では、“懲戒解雇の場合は退職金の全部または一部を支給しない”と書いています。逆にいうと、悪いことをしても退職金をもらえるかもってことですよね?」
悪いことをして辞めさせられる社員に退職金が出るのなら、周りに示しがつかないのでは・・・と、ご相談をいただくことがあります。
心情的によくわかりますが、退職金の全額没収(全額不支給)については運用に注意が必要です。
というのも、就業規則などで退職金の支給について明白に定められていると、退職金は賃金にあたるからです。労基法では、賃金について種々の保護規定が設けられているので、会社は冷静な判断が求められます。
そこで今回は、懲戒解雇による退職金の不支給は認められるのかについて、詳しく確認していきたいと思います。
退職金の性格が問われる
退職金であっても、就業規則などで支給条件が明確にされ、社員が権利として請求できるものは賃金に該当します。
賃金に該当するのであれば、懲戒解雇だからといって退職金を支給しないのは、労基法の定める種々の保護規定に抵触して違法とならないかが問題になります。
そもそも退職金のルーツは、江戸時代ののれん分けにあるといわれています。長年にわたる奉公への功労報償として、退職後も同じのれんを使って商いができるようにし、生活支援を行ったそうです。
現代でも退職金については、①功労報償、②賃金の後払いといった性格があるものとして考えられています。
① からすると、「懲戒解雇の場合には退職金の請求権の発生要件を欠くので不支給」と定めていれば、懲戒解雇になった場合には“退職金をください”という請求権自体が発生しないということであり、たとえば安全運転手当における事故発生のようなもの、と解釈されて違法にはなりません。
ですが、やはり②の性格があることは否定できませんし、「(退職金の不支給は)これまでの会社に対する貢献をすべて抹消するような顕著な背信行為があった場合に限る」との裁判例があるので、運用には注意を払う必要があります。
退職金の不支給は認められるのか
前段でお伝えしたように、退職金は賃金の後払いという性格があるので、全額不支給とするには社員の長年の勤続の功を抹消するほど重大な不信行為があったことが必要とされます。
裁判例において下記のような旨が示されていますので、確認してみましょう。
- 電車内で痴漢行為を繰り返した社員(電鉄会社勤務)を懲戒解雇
- 被害者に対する影響、社員の職責から懲戒解雇は当然だが、本件は会社業務とは関係のない私生活上の行為であった
- 会社が被った損害は少なく軽微な犯罪であり、社員の在職中の勤務状態からみれば背信性の少ないものである
- 退職金の額の3割に相当する額の支給が適当である
一方で、全額不支給について相当とされた例もあります。
- 商品販売の責任者が会社商品を持ち出し、隠匿した行為は懲戒解雇に相当
- 会社の社会的信用を著しく損なうものであり、勤続の功労を抹消するほどの著しく信義に反する行為である
- 就業規則の規定により退職金不支給は不当ではない
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会社にとって退職金の支払いには、お金の準備や適切な金額を検討する(退職の理由や不正行為がなかったかどうかの調査)時間を要することもあるかもしれません。
そのため社員の退職後1~2か月程度の余裕をもって支払時期を設定しておくのは、ひとつの方法と考えられます。
■この記事を書いた人■
社労士事務所Extension代表・社会保険労務士 高島あゆみ
「互いを磨きあう仲間に囲まれ、伸び伸び成長できる環境で、100%自分のチカラを発揮する」職場づくり・働き方をサポートするため、社会保険労務士になる。150社の就業規則を見る中に、伸びる会社と伸びない会社の就業規則には違いがあることを発見し、「社員が動く就業規則の作り方」を体系化。クライアント企業からは積極的に挑戦する社員が増えたと好評を得ている。
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