とあるメーカーB社さんでは、オフィスで仕事をしながら私物のスマートフォンを使用する社員が多くみられます。
特に最近、Aさんはスマホの着信があるたびに席を離れることが多く、席にいるかと思いきやスマホを操作してSNSでメッセージのやり取りをしている様子。それを見た課長はイライラを募らせています。
一方、Aさんにもなにやら事情があるようです。
【課長の思い】
Aさんは最近スマホばかりいじって落ち着きがない。普段は真面目に仕事をやっているので、みたところ仕事に遅れはないようだが・・・。注意指導したいところだが、スマホを職場で使っている社員は他にもいるし、なんせうちの部長がヘビーユーザーだ・・・。とはいえAさんの振る舞いをみて、スマホで頻繁に席をはずす社員が他にも出て来やしないか心配だ。どうすればいいのか?
【Aさんの思い】
私がスマホを持って席を立つたびに、課長の視線を感じる・・・申し訳ないなぁ。でもこの春、うちの子が小学校に入ったばかり。
学校でどんなことが起こったのか把握しておきたい。最近、通学路でちょっとした事件があったところで、ママ友同士の連絡のやりとりは欠かせない。いつもきちんと仕事をやっているので、今は大目にみてほしい。
・・・プライベートな事情があって仕事中もスマホを使用したい社員。勤務時間中は仕事に集中してもらうためにスマホの私用を禁止したい上司。
みなさんのオフィスではこんな光景はありませんか?
こんなとき、会社としてどのような対応をとるといいのでしょうか。詳しくみていきましょう。
仕事中のスマホと職務専念義務
会社で働く社員は、労働契約におけるいちばん基本的な義務として、会社の指揮命令に従って職務を誠実に遂行するという義務を負っています(職務専念義務といいます)。
よって社員は、勤務時間中においては自分の担当業務に専念し、プライベートな事情による私的な行為を差し控えなければなりません。社員が負うべき義務の中で最も重いものといえます。
このことは通常、社員が守るべき服務規律として「従業員は、職務上の責任を自覚し、会社の指揮命令のもと誠実に職務を遂行しなければならない」などと就業規則に規定されているものです。
職務専念義務は労働法で規定されているものではありませんが、「労務の提供⇔賃金の支払い」という会社と社員の関係性(雇用契約)から導き出されるものです。
ですから就業規則に明記されていないからといって職務専念義務がないということにはなりません。ただ、仕事のやり方の基本的な心構えとなるものですから、人材マネジメント上社員の理解を促すよう就業規則に明記しておくことをお勧めします。
また、スマホがデスクの上に置いてあると、ついついいじってしまって仕事への集中力を欠きがちになります。業務上必要ないのであれば、職場へのスマホの持ち込みを禁止する、といったルールを定めるのもひとつの方法でしょう。
懲戒権の濫用はダメ
前段でお伝えしたように、職務専念義務は雇用契約に付随するものであるため、就業規則に規定されていなくても労働契約上、社員として負うべき義務が発生することになります。よって、これに違反するときは債務不履行として懲戒処分の対象となり得ます。
問題は、その懲戒処分の程度やその対応についてです。
最高裁は、職務専念義務を「包括的専念義務」と捉える立場を基本的にとっています。これは、「勤務時間中、注意力のすべてをその職務遂行に注ぎ、職務のみに従事しなければならない」という意味です。業務への支障の有無は問いません(この点については、業務に支障を及ぼしていないのであれば違反は成立しないという学説もあります)。
冒頭のケースは、オフィスでの事務職ですから、スマホを持って席をたびたび立ったとしても、顧客の目につくわけではなく、目立った業務への支障はありません。これが一流ホテルの接客担当者であると、スマホでプライベートな会話を続ける担当者の態度は、ラグジュアリーな時間と空間を求めて訪れた顧客の気分を害する可能性があります。実質的な業務への支障があるといえますね。
ただし包括的専念義務の観点からみると、冒頭のオフィスのケースでも職務専念義務違反となるでしょう。ただし、法律の規制によって懲戒処分は権利濫用になってはいけません。つまり、処分に値するほどの問題行為かどうかを判断する必要があります。
社員のプライベート情報の把握
では冒頭のケースを考えてみましょう。Aさんには「子どもやママ友からの連絡が頻繁にあるので、スマホを常時チェックしておきたい」という背景がありました。
そこで「頻繁に連絡がある事情」を聞いて、連絡を取りあう必要性(子どもの通学路で最近ちょっとした事件があった、など)を判断したうえで、「事態が落ち着くまでにしてください」と注意するにとどめるといいですね。
もし斟酌するような事情がないのであれば、やめるように注意し、それでもやめなければ、懲戒処分としては最も軽微な部類に入る「けん責」くらいに処するのが妥当でしょう。
勤務時間中の頻繁なスマホチェックは仕事の生産性に影響してくるので、事情があるならAさんは課長に相談できていればよかったですよね。
プライベートな情報をいかに把握するかは、上司にとって難しい問題だからです。
社員には、プライベートについて会社に何かを報告したり、相談したりする義務はありません。けれどワークとライフの兼ね合いについて、会社が配慮やサポートを行っていこうとすると、どうしてもプライバシーの問題に直面することになります。
ですから上司となる人には、普段から部下がなんでも話せるような信頼関係を構築しておくことが求められます。そして部下が困っているときにサポートしたり、配慮するために部下のプライベート情報を把握する必要があるときには、
- どんなことを聞いたとしても、仕事や待遇の面で不利益がないこと
- 単なる好奇心からではなく、仕事のためにプライベートな情報を把握すること
- 答えたくないことには、答えなくてよいこと
といったことを伝えて、相手の警戒心や抵抗感など心理面のハードルを下げることができるといいですね。コミュニケーションがスムーズになります。
下手に根ほり葉ほり聞いてしまうと、セクハラやパワハラだと誤解を生んでしまうのでは?とためらう上司の方もいらっしゃるかもしれません。
けれど、それが仕事のために必要なことであり、仕事へ前向きに取り組む姿勢がわかると、協力してくれる人、理解してくれる人も増えてくると思います。
会社を伸ばしていくために、社員の一人ひとりが能力をのびのびと発揮できるような環境づくりを考えていきたいですね!
■この記事を書いた人■
社労士事務所Extension代表・社会保険労務士 高島あゆみ
「互いを磨きあう仲間に囲まれ、伸び伸び成長できる環境で、100%自分のチカラを発揮する」職場づくり・働き方をサポートするため、社会保険労務士になる。150社の就業規則を見る中に、伸びる会社と伸びない会社の就業規則には違いがあることを発見し、「社員が動く就業規則の作り方」を体系化。クライアント企業からは積極的に挑戦する社員が増えたと好評を得ている。
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