年末年始のスケジュールがタイトで、仕事がびっちり詰まったメーカーのA社さん。そこへ得意先から緊急の注文が入りました。残業で対応すれば、なんとか先方の要望に応えられそうです。
課長がある社員に残業を指示したところ、「仕事帰りに空港で家族と待ち合わせして、今夜の便で海外旅行に行くので残業は無理です」とのこと。「お先に失礼します!」と終業時刻に笑顔で退社していきました。
A社の就業規則には「残業命令には正当な理由なく拒否することはできない」旨が規定されていますから、「仕事を残してさっさと帰るなんて、懲戒処分にあたるんじゃないのか?!!!」と、緊急の仕事を前に課長は渋い顔です。
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こんなとき、残業命令と社員の私用はどちらが優先されるのでしょうか。また社員の主張する「海外旅行」は、就業規則に規定される「正当な理由」にあたり、残業を拒否できるのでしょうか。それとも懲戒処分の対象となるのでしょうか。次から詳しく見ていきましょう。
残業拒否が懲戒処分の対象になるとき
会社が社員に対して残業命令を行ったとき、それを拒否することはOKなのでしょうか、それともNGなのでしょうか。
残業拒否が業務命令違反として懲戒処分の対象になるかどうかは、まずその残業命令自体に正当性がなければなりません。
その残業命令が正当なものであるためには、
- 36協定の締結・届出
- 労働契約上の根拠
この2つの要件を満たす必要があります。
つまり、就業規則や労働契約において「会社は、業務の都合によって時間外・休日労働を命じることがある」旨の規定があれば、36協定の効力によって、会社は社員に日時、業務を具体的に指定して残業を命じることができます。そして社員には、これに従う義務が生じることになります。
そこで社員の残業拒否に対して懲戒処分を行うには、実務上の取扱として、次の3つの要件が求められます。
- 時間外・休日労働を命じる業務上の必要性があること
- 残業命令が社員の健康を侵害する、あらかじめ会社側の了解を得ている社員のライフスタイルを不当に妨害するなど、社員に不当な権利の侵害を生じないよう配慮されていること(通学や教育の受講、子育て、病人の介護など)
- 社員が残業に応じられない理由を具体的に述べて拒否したときには、その拒否理由が正当なものか考慮すること
この3つの要件が満たされているにも関わらず、社員が残業拒否した時には、正当な業務命令に従わないとして懲戒処分もやむを得ないと解釈されています。
残業命令と社員の残業拒否の取り扱い
残業命令と社員の残業拒否の取り扱いについて、もう少し詳しくみていきましょう。
実務的には、会社の残業の必要性、残業命令を出したタイミングと、社員の拒否する理由、(残業命令に従うことによって受ける)不利益の程度を比較して、個別ケースで判断する必要があるからです。
会社があらかじめ日と時間を指定して残業を命じた場合、社員はあらかじめ自分の日常的なライフスタイルを変更し、業務に支障をきたさないようにしなければならない労働契約の誠実義務を負っています。ですからこのケースの残業拒否は、業務命令の違反として取り扱っても差し支えがないと考えられます。
けれど社員が残業命令のあとすぐに、その日の残業には応じられない正当な理由を申し出て、会社がその申出の正当性を認めた時には、会社側にも代替要員を確保する時間的な余裕があるので、命令を撤回する必要があるでしょう。
ただし、残業命令を受けながら、できない旨の申出を社員がしないで、当日やその直前になって(他の日に残業を)変更して欲しいと申し出たなら、その理由が本当にやむを得ないと認められるとき以外、会社側の命令を撤回する必要性はありません。それを社員が拒否した場合は直前のことで業務に支障が出るため、懲戒処分の対象となります。
残業命令と社員の私用はどちらが優先?
前段までを整理すると、以下のようになります。
【事前に残業命令があったとき】
・社員から終業時刻直前になって残業できない旨の申出があった、もしくは言わずに黙ってサボった
→業務命令違反による懲戒処分の対象と扱っても差し支えない
【当日に残業命令があったとき】
・社員から残業できない旨の申し出があった
→残業できない理由において変更が可能(友人との食事の約束が残業できない理由、でも日時の変更が可能であり特に支障がないなど)で、仕事上の必要性が大きい場合は、残業命令に応じなければならない
→仕事上の必要性と比べて、社員の私用が重要な場合は、会社側が命令を撤回しなければならない
【終業時刻間際に残業命令があったとき】
・社員から残業できない旨の申し出があった
→仕事と社員のプライベートの必要性を総合的に考えて、正当性を判断する
(当日必ずしも残業して仕事をこなさなければならない必要性がないなら、命令を撤回しなければならない)
では冒頭の「海外旅行」は、残業拒否の理由にふさわしいのでしょうか。
この場合、もし残業に従事させるとしたら、旅行自体に支障をきたす可能性があります。飛行機の出発時刻や空港までの交通事情などにもよりますが、社員が受ける不利益の程度が大きいため、残業させるには難しいとの判断になるでしょう。
冒頭のA社さんでは年末の納期で多忙を極めている状態でした。あらかじめ残業スケジュールを組んでいても、いえそんなときこそ不測の事態は起こるもの。課長とそのチームメンバーの間で、余裕を持った段取り、残業ができない日やその理由について詳しく共有することができていれば良かったですね。
法律による実務的な取り扱いは以上のようになりますが、日頃から部署、チーム単位で業務の進捗状況について十分なコミュニケーションをとっておくことで、無用な混乱を防ぐことができますよ!
■この記事を書いた人■
社労士事務所Extension代表・社会保険労務士 高島あゆみ
「互いを磨きあう仲間に囲まれ、伸び伸び成長できる環境で、100%自分のチカラを発揮する」職場づくり・働き方をサポートするため、社会保険労務士になる。150社の就業規則を見る中に、伸びる会社と伸びない会社の就業規則には違いがあることを発見し、「社員が動く就業規則の作り方」を体系化。クライアント企業からは積極的に挑戦する社員が増えたと好評を得ている。
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