うちのライバル企業へ転職する社員にも、退職金を払わないといけないのだろうか。心情的にやりきれないから、退職後の一定期間は競合他社で働くのを禁止にしてしまおう。(スタートアップ企業経営者 談)
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「競合他社への転職を知らずに退職金を支払う事態を避けたい」というのが、会社側のホンネでしょう。
社員を育てるにしても、時間、労力、教育費など何かしらのコストがかかるので、ライバル企業への転職に対して経営陣の気持ちのおさまりがつかないのもわかります。
ただ、ここで問題となるのが競業避止義務と退職金の支払いについてです。特に、下記のような点が問題になってきますので、詳しく確認していきたいと思います。
- 退職後の競業避止義務を社員にどこまで課すことができるのか?
- 退職金の不支給は有効なのか?
退職後の競業避止義務
競業避止義務とは、「社員には労働契約を結ぶにあたって、会社へ不当に損害を与えないよう誠実に働く義務があるので、競合他社での兼業を禁止する」ということです。退職後の競業避止義務には、誓約書、就業規則等の根拠が必要です。
とはいえ退職者には、「別の会社へ再就職してキャリアを積みたい」という職業選択の自由があります。
退職後の競業避止義務が厳しすぎたり、行き過ぎたりすれば、退職者がこうむる不利益は大きくなってしまいます。その場合、職業選択の自由を不当に拘束し、公序良俗に反するものとして無効になります。
この「厳しすぎるか」「行き過ぎているか」の判断は、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、競業行為の背信性の程度、代償措置の有無などの要素を総合的に検討されることになります。
なお、退職後の一定期間の制限をたとえば「2年」と設定すると、この期間はおおむね許容範囲内といえるでしょう。
ただし、場所的範囲が定められていない、職種が絞り切れていない(「同業他社」では甘い)と判断されてしまう可能性があります。バーターとなる代償措置についても指摘を受ける可能性もあります。また、この退職社員の在職時における地位、在籍期間も判断材料のひとつになります。
つまり、在籍年数が浅く、特に重要なポジションに就いていないような場合、このような退職後の競業避止義務を課すのは重過ぎる、ということになります。
退職金の不支給は有効か
退職金の不支給や減額は、退職社員に与える経済的な影響が大きく、職業選択の自由に対する足かせとなりかねません。
ですから、就業規則へ退職金の全部又は一部を減額する旨の明確な規定が、根拠として必要です。
その内容は、競業禁止期間や退職金の減額率などの事情を総合的に判断して、合理的でなければなりません。
特に退職金「全額」の不支給は、経済的なインパクトが大きいので競業についてだけでなく、会社に対する相当な背信性がある場合に限定されます。
たとえば、顧客の大部分を奪ったり、他の社員を大量に引き抜くなどの行為がこれにあたります。
冒頭の会話の場合、「禁止期間2年間」は許容範囲として、「全額不支給」はこのような、よほどの背信的行為がない限り難しいでしょう。
社員に「このままでいいのか」と思わせない
社員が同業他社へ転職したいと思う理由はさまざまだと思いますが、そのひとつとして「このまま自分はこの会社で働き続けていいのかな?(この会社での将来の自分が想像できない)」といった疑問を持ったから、ということが挙げられるかもしれません。
優秀な社員ほど、たとえば同業者との勉強会やセミナーに出席する機会は多いでしょう。そんな交流の中で「このままの自分でいいのか」との疑問から、転職へと意識が向かい始めます。
彼ら・彼女らが転職したいと思うのは、決して高い給料目当てではなく、自分の能力をさらに伸ばせて、それを思いっきり発揮できる環境を求めてのことです。
「どうせうちより給料が高いから他所へ転職する(だったら競業避止義務を課しておこう)」という意識でいると、会社と社員の間で疑心暗鬼になって関係性がぎくしゃくしてしまいます。あまり未来に向かって良い関係を築けるかというと・・・言えないのではないでしょうか。
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「社員を他所へ逃がさないためのルール」をいっぱいつくって、窮屈な職場をつくることをみなさん目指されているわけではないですよね。
社員が持てる能力をのびのびと伸ばせる環境とはどんなものか?これから具体的にどんなことをやっていけばいいのか?・・・ということを考えていくことが、ひいては社員が離れたくならない環境(働き甲斐のある職場)につながると思います。
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■この記事を書いた人■
社労士事務所Extension代表・社会保険労務士 高島あゆみ
「互いを磨きあう仲間に囲まれ、伸び伸び成長できる環境で、100%自分のチカラを発揮する」職場づくり・働き方をサポートするため、社会保険労務士になる。150社の就業規則を見る中に、伸びる会社と伸びない会社の就業規則には違いがあることを発見し、「社員が動く就業規則の作り方」を体系化。クライアント企業からは積極的に挑戦する社員が増えたと好評を得ている。
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